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60代を生きる。ひとりもの&ひとり暮らしの 日々の思いを綴ります。

義理の仲だからこそ。

CATEGORY雑感
greetingジュリアンうす紫a

お立ち寄りくださって ありがとう♡ Photoは ジュリアン。この色 この形 癒されちゃうね 花を見るたびに。

さて 昨日は 義姉宅へ。先日行ったばかりなのに また 行った。月初めの恒例行事になっています。

今回は 長兄のお命日。平成10年 52歳で亡くなっています。あっという間だったような 長かったような。思えば 長兄とお別れして以来 ず~っと 月命日には 母を連れて 義姉に会いに行きました。

それは なぜかというと ひとつには 仏壇のことがあります。

当時 母の家(わたしの実家)にも 仏壇がありました。夫(わたしの父)と子(長兄の上に もうひとり 子どもがいたのですが 幼き頃に病死)の位牌が ふたつ。

さて 長兄が亡くなった時 義姉は義姉で 仏壇を購入しました。ちなみに 長兄夫婦は 母とは別居していました。成り行きです。新婚時は ふたりだけで暮らしたかったのでしょう。


義姉は 仏壇の購入にあたって 菩提寺のお坊さまに相談したみたい。「○○家(実家の姓)に ふたつのお仏壇があっていいでしょうか?」と。「全く問題なし」という返答だったらしい。それで 新しい仏壇に 長兄の位牌を入れたわけ。


位牌といえば 昔 こんなことがあったんです。実家の近くで山火事があった時 ひとり暮らしの母は 飛び火の危険を感じて 大事なものをリュックにつめて 家から離れたの。その時 持ち出したものは 預金通帳・印鑑と位牌ふたつ。連絡を受けて駆けつけたわたしは 知りました。母が 位牌を 自分の命と同じくらい 大事にしているのだということを。愛する故人の魂が宿っている。そんなふうに思っているのだということを。

だから 長兄の死後 その位牌をお参りすることのできる仏壇のある家 つまり 義姉宅を 月命日のたびごとに 訪問することにしたのでした。それが 義姉にとっても 母にとっても 喪の作業になり 夫や息子を亡くした悲嘆を癒してくれた歳月だったように思います。

ところで 母が 晩年の約2年間 我が家で暮らしていたときは 実家はそのままにしてあったので 置いてきた位牌が気にかかる。毎日のお茶やお祈り どうしよう。

結局 位牌を 義姉に預かってもらうことになりました。ふたつの位牌を 丁寧に風呂敷に包んで 胸に抱いていった母の姿を思い出します。位牌のお引越し。仏壇に お茶や食べ物をお供えし いつでも 花を絶やさない。そんな義姉なので 母は安心していたと思います。

今は その母も 位牌になって 仏壇のなか。長兄が亡くなってからは 23年が経とうとしています。

義姉は 姑と義妹の訪問を 面倒に思ったことが あったかもしれません。わたしとて 若い頃には 年に3~4回しか訪れたことのない長兄宅に 毎月 定期的に通うようになるなど 思ってもいなかった。仲が悪かったわけではないけれど やっぱり 義理の仲。初めは それほど 親しみを感じたりしなかった。お互い 気を遣わないといったら ウソになる。

でも 義理の仲だからこそ 彼女は 嫌な顔を見せず迎え入れ わたしはわたしで ちょっとおっくうになる時も 必ず訪問する。実の姉だったら 「きょうはいかない。来月にするよ」と 告げるかもしれなかった。でも  ほんの少し 無理をしてでも 行くのです。義理の仲だからこそ 欠かさず訪問できているのかもしれません。

心理学では 単純接触効果という法則があるの。『何度も会う人に対して 好意や親近感を覚える』という心理。義姉に対しては まさしく その法則があてはまる。

【月命日 春夏の彼岸 盆 正月 etc】に欠かさず出向いて しつこく義姉に会っていたら ほんとうの親しみを覚えるようになったの。長期にわたる 単純接触の賜物かと思われます。

ちなみに 単純接触効果の逆バージョンもある。会えば会うほど 嫌いになるパターン。ということは 相手によりけりということかな。

義姉は わたしにとって 「長兄や母を 大事にしてくれたひと みんなの位牌を守ってくれているひと」。会えば会うほど 親しみを感じるのは 自然なことかもしれません。

それでは この辺で。

どうぞ お健やかにお過ごしくださいますようにGood Luck    

greetingジュリアンうす紫b


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