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ひとりシニア 日々の思いを綴ります。

追想  今は亡き 大切なひとを偲ぶ朝。

今朝 リビングのカーテンを開けて 真っ先に見たのは 朝顔。フェンスに絡まっている茎が伸びて 昨日は 小さな花芽が出ていた。もしや 咲いてくれたかと思って期待したのだが 花を見ることはできなかった

朝顔は 数種の種をまいたが 最も 心待ちにしている花がある。それは 薄水色の朝顔。亡き母が この庭に蒔いた朝顔だから 特別な思い入れがある。そして 今日は 母のお命日。この日に合わせて咲いてくれたら 格別の思いで その花を見つめたのに。残念ながらそれは叶わなかった。

その薄水色の花を 母は 実際に見ることができなかった。脳出血で倒れ 翌日の朝 昏睡状態のまま 88年余りの人生を終えたからである。母の誕生日は 5日後だったので もうちょっとで 89歳。倒れる日の朝も わたしと一緒に散歩をし 食事もおいしく食べて・・・突然 さよならもいわず 逝ってしまった母。そして 数日後に 朝顔は 咲いた。彼女が 咲くのを楽しみにしていた 薄水色の朝顔。

それ以来 わたしは その朝顔の種を 庭に蒔いては 咲くのを楽しみにするようになった。母が見ることのできなかった花。その種を絶やしてはいけないような そんな気もちで わたしも 種を蒔く。母とお別れしてから 6年。その朝顔は 母への思慕・尊敬・感謝の思いを象徴するような存在になっている。これからの人生を 母のように生きていきたい。いろんな苦労を乗り越えて 明るく前向きに生きてきた母。薄水色の朝顔は そんな母の姿をあらためて 思い起こさせてくれる花だ。

昨日の義姉とのランチ(古希のお祝い)では 母のことも話題になった。懐かしい思い出話のあとに 義姉が「おかあさんのように 元気なまま ぽっくり逝けたらいいなぁって 本気で思ってるのよ」と真顔で言うので「わたしも!!」と思わず 同調してから ふたりで笑った。「思ったって出来るもんじゃないわね。おかあさんのように 亡くなる直前まで普通に暮らしていられたら 理想だと思うよ。すごく元気だったじゃない。よく働くおかあさんだったよね」という義姉の言葉。「おかあさんのように」というフレーズが 何だかとってもうれしかった。母のことをこうして話すことが 何よりの供養になるかしら。

ところで 母の朝顔は まだ咲かないが この花が 咲き出している。

リコリスa

リコリス。彼岸花に似た花だ。春先に出ていた葉っぱは 初夏のころには 枯れてしまった。しばらく そのままだったが 数日前に 茎だけが伸びてきて あっというまに 花を咲かせた。球根を植えた記憶はないのだが 毎年 この時期に咲いてくれる わたしにとっては 不思議な花 リコリス。花言葉は 「追想」 今朝の記事に ぴったりの言葉。過去を思い出して しのぶこと。こうして Blogを書きながら 母を偲んでいる。母の面影を追いかけている。

リコリスb

母のみならず 父 長兄 夫・・・大切なひとを失った悲しみは 生きている限り 消えることはない。悲しみを無理に消すのではなく その悲しみをも支えにして 新しい自分を生きていく。新しい土に 花の種を蒔き 育てていくように 自分を慈しみながら 何かに向かって一歩を踏み出さなければならない時が 必ずやってくる。母が旅立ってからのわたしは 悲嘆の涙にくれたこともあったが しだいに 前を向き 新しい一歩を自分なりに歩んできているつもりだ。それは 今でも 愛しくて 恋しくて 涙のあふれることもある。だが 決して不幸ではない。母は わたしのなかに生きている。こころの母は わたしが人生を終える時まで その愛で わたしを包んでくれるだろう。・・・そう思って 生きています。 

リコリスc

今日も読んでくださって ありがとうございます(^^)/

では また 明日。。。

    keme.

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